2019年5月8日(水)に、東京大学大学院工学系研究科の縄田和満教授を講師にお迎えして、定例研究会を開催しました。講演では、ある健康保険組合から提供された健康診断・レセプトデータを用いた健康状況と医療費の関係についての分析結果が、以下のタイトルの2 本の論文をもとに報告されました。
「Power transformation tobit model による健康診断・レセプトデータを使った医療費と生活習慣病の関連の分析」
「建康診断・レセプトデータを用いた血圧と医療費の関連に関する分析」
HIAS Healthのメンバーの他、大学院生や学内外からの参加者を得て、様々な議論が行われました。
井伊教授(HIAS Health研究員)による 講演者の縄田教授の紹介で開会 | 講演中の縄田和満教授 | 会場の様子 |
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日時 | 2019年5月8日(水)16:30-18:00 |
会場 | 西キャンパス 第2研究館 5階 HIASセミナー室(517号室) |
報告者 | 縄田和満教授(東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻/RIETI) |
タイトル | 健康診断・レセプトデータを用いた健康状況と医療費の関連に関する分析 |
言語 | 日本語 |
報告要旨 | ある健康保険組合から提供された健康診断・レセプトデータを用い、健康状況と医療費の関係について、2 本の論文に基づく分析結を報告する。報告要旨は以下の通りである。 論文 1 我が国においては医療費の高騰が続いており、2015 年度は 42 兆円を超えるまでになっている。さらに、人口高齢化や医療の高度化によってさらにこれらが急増することが予想されている。これに対応するためには、医療資源の効率的な利用が必要不可欠となっている。このためには、患者ばかりでなく、健康な人間を含めた日本人全体の健康状態を長期的に観察する必要がある。しかしながら、健康な人間は、自主的には病院へ行かないため、通常その健康状況を調べるのは困難であり、諸外国の例をみても多額の費用をかけて調査を行ってきているのが実情である。また、これらの調査数も精々数万人程度、調査項目も限られたものとなっている。一方、我が国では 40 歳以上の労働者は労働安全衛生法によって原則年一度の健康診断の受診を義務付けられており、数千万といったこれまでに分析されたデータとは比較にならない大きさのデータがすでに存在する。本論文では、ある健康保険組合から提供された健康診断とレセプトのデータを統合したのべ15580人分のデータベースを使い、医療費の分析を power transformation tobit model を用いて行った。特に、代表的な 4 つの生活習慣病(糖尿、高血圧、脂質異常、高尿酸血)の医療費への影響についての分析を 4 つの異なったモデル Model A-D を用いて行った。この結果、4つの生活習慣病を除く、一般的な変数に関しては、「年」、「既往歴」、「他覚症状」、「心血管疾患」、「腎不全・人工透析」、「一年間の体重変化」、「夜間間食」がすべてのモデルで1%の水準で有意で正値であった。「性別」、「最高(収縮時)血圧」、「LDL コレステロール」、「喫煙」、「歩行運動」、「朝食を 3 回以上抜くことがある」の 5 つの変数の係数は、4つのモデルで 1%の水準で有意で、かつ、その係数が負であった。これらの変数以外で、5%以下の水準で有意であったのは「BMI」、「GOT値」、「健康指導の希望」であり、いずれの変数の係数も正値であった。「最高(収縮時)血圧」、「LDL コレステロール」については、これまでの通説とは逆の結果となった。生活習慣病に関しては、対象者が生活習慣病を有する場合、予想通り、医療費が高くなることがほとんどのモデルにおいて認められた。また、生活習慣病の患者がその治療薬を服用している場合においても医療費が高くなっている。「糖尿病」の場合、他の3つの生活習慣病より医療費が高くなる傾向が認められた。さらに、これらの患者が「脳血管疾患」、「心血管疾患」、「腎不全・人工透析」を既存症として有した場合、特に医療費が高額になることが認められた。特に、「糖尿病」を含む複数の生活習慣病を有し、かつ「腎不全・人工透析」である患者の場合、医療費は著しく高額になり、平均でも 100000 点を超え、健常者の 13.6 倍もの水準となる場合があることが示された。医療資源の有効な利用のためには、生活指導等を通じた生活習慣病の防止と共に、早期治療の実施により生活習慣病患者がより重篤な疾患となるのを防ぐための施策の重要性が示唆された。 論文2 高血圧症は、世界的に最も重要な健康要因と考えられており、多くの研究が行われている。2017年 11 月に American College of Cardiology (ACC), American Heart Association (AHA)および他の9 機関が合同で、高血圧の新ガイドライン(2017ACC/AHA ガイドライン)を発表した。それによれば、高血圧症の基準はこれまでの140/90mmHgから130/80mmHgへと変更されている。本論文では、3つの健康保険組合から提供されたデータを使い 血圧と医療費の関係についての分析を行った。まず、88,211 人から得られた 175,123 件の健康診断の結果と 6,312,125 のレセプトを統合したデータ・ベースを作成した。データの期間は、2013 年度から 2016 年度である。データ・ベースを使って血圧の分布に影響する要因の分析を重回帰分析によって行った。血圧には、年齢・性別・身長・BMI(body mass index)・いくつか生活習慣が影響していることを見出した。次に、べき乗変換トービット・モデル(power transformation tobit model)によって医療費と血圧の関係を解析した。医療費と収縮期血圧(最高血圧)との間には、単純な 2 変数の間では正の相関関係があるものの、べき乗変換トービット・モデルでは有意な負の関係があることが見出された。年齢、性別、BMI を説明変数に加えた場合、収縮期血圧の推定値が負となり、説明変数間の関係を考慮した分析の重要性が示唆された。また、これまでの研究の問題として、特に、標本選択による偏り(sample selection bias)及び Cox の比例ハザード・モデルにおける時間依存変数の問題について論じた。結論として、本研究の結果は 2017 ACC/AHA ガイドラインは少なくとも収縮期血圧の影響に関しては、心臓血液等の循環器系疾患に留まらない、他の疾病を含む広範囲の疾病に関する研究のレビュー、費用対効果や新規研究の必要性を強く示唆している。 |